今日の礼拝メッセージはこちら→クロスウェイ教会
教会には、監督(長老、牧師)といった全体の指導にあたる人々、また実際の奉仕の働きに仕えるリーダーとしての執事たちがいて、ある面ではそれが組織化されることで、縦の関係だけのように思われるかも知れません。でも、今日の聖書箇所(1テモテ5:1-16)では、パウロはテモテに人々を父のよう、母のよう、兄弟、また姉妹のように接しなさいと勧めています。また、身寄りのないやもめを教会がケアーすることを命じているのです。それは教会が、建物のことではなく、キリストの十字架の血潮によって罪と滅びから贖われた神の子どもたちの集まり、つまり、神様を父親、主イエスを長男とする、神の家族だからです。この永遠へと続く関係のうえに、私たちは自分の家族を愛し、機会があるごとに善を行うよう召されています。
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長男のホームスクーリングの一年目が終了しました。7月生まれの長男は、こちらでは早生まれというのでしょうか、本当は次から一年生でも良いくらいですが、この一年間よくがんばりました。また、何よりもまだ小さい三男がいるなかで、長男と次男の先生をした妻に心から感謝しています。終了式/卒業式は、教会でもたれたのですが、子どもたちの写真を撮り忘れたので、家の前のオリーブの木の下で記念写真。子どもの成長は本当にあっという間ですね。ハレルヤ!
次男のバースデー。5歳になりました。生まれてからずっと長男の服を着ている次男なので、今まではあまり気になりませんでしたが、最近それを見ると、あれ?ついこの前、それ長男が着てたやつやん!と、その成長の速さに驚かされます。その分、長男も成長しているのでしょうけど... 次男は、私と長男とは違って、あまりおすしが好きではありません。すしより納豆ごはん派。でも、手巻き寿司にすると、楽しく食べてくれます。食後は姉家族も加わり、ケーキをいただきました。私たち夫婦に次男坊を与え、ここまで成長させてくださった神様と、愛をもってサポートくださる皆様に感謝します!
今日はペンテコステ(聖霊降臨日)です。わかりやすく言うなら、教会のはじまりを記念する日ということができるでしょう。イエス様は十字架にかかられる前に、弟子たちにおっしゃいました。「人々はあなたがたを会堂から追放するでしょう。事実、あなたがたを殺す者がみな、そうすることで自分は神に奉仕しているのだと思う時が来ます」と。何と恐ろしいことでしょうか。でも、こうもおっしゃったのです。「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします」と。この助け主こそ、私たちの心の目を開く方、罪について、義について、さばきについて、この世にその誤りを認めさせて下さる方です。でも、それは罪人を責めるためではなく、救い主であるイエス・キリストのもと導くためです。そのようにして御霊なる助け主は、キリストの栄光を現されます。ハレルヤ! 今日の礼拝メッセージはこちら→クロスウェイ教会
私たち家族のトラディッショナルとして、今年もドジャースの試合を見に行きました(年に一度)。今年は、教会のJ兄もいっしょに誘って、みなで楽しい時間を過ごしました。が、ドジャースは三年連続で負け。今度はエンジェルスを見に行くべきか思案中です(笑)。相手チームにイチローがいたののでスタメンを期待していましたが、残念ながら一打席だけ。でも、彼の安打をきっかけに逆転したので、良い活躍が見れて良かったです。普段は全くスポーツを見ない玄家ですが、この日だけは勝ち負けを気にするのでした…。 来年(5月頃)いっしょに行きたいという人は、連絡ください。
わが家の母の日は、数日早い食事(左の写真)に始まり、当日の夜に姉家族といっしょに過ごすというもので終えました。妻は、私の母ではないですが、子どもの母ですから、彼らの代わりに日曜の朝食を作り(写真はありません)、日ごろの感謝とその存在に対して感謝を表しました。もちろん、子どもたちも絵を描いたりして、彼らなりに愛情表現をしていました。神様は初めに男を創造し、男から女を造られましたが、それは男が偉くて、女は偉くないという意味ではありません。男も女もみな母親の存在なくして、生まれることはできません。ですから、神様は聖書を通して、女性の存在を男性同様に尊んでおられます。世にいるすべてのお母さんの存在(すべての女性)を大切にしたいものです。
アメリカは5月が年度の終わり。長男と次男が毎週火曜に通っているAWANAクラブも、この日が最後でした。長男は3年目を終え、次男は最初の年を無事終えました。三年目にもなれば、みことばを覚えるのもあまり問題なくできる長男とは違い、次男はいつも危うい感じがありましたが、それでもしっかりやり遂げたところは、親としてほめてあげたいと思います。覚えたみことばがどれだけ彼らの心に残るかはわかりませんが、覚えていないことを思い出すことはできないないので、神様がそのみことばを通して、彼らを育て、その人生を祝福のうちに導いて下さると信じます。
詩篇119:105 「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」 |
Authorロサンゼルスの最北端の町サンタクラリタに住むキリスト教会の牧師です。一昔前にCOCで学生をしていました。まさか、再びこの地に戻ってくるとは! CategoriesArchives
May 2024
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